100%成功(!?)の禁煙法A

@の続き)

 タバコを止めたい理由は人それぞれ色々あるだろうが、特にそれは何だっていい。ほんの少しでも止めたいという気があるのであれば止めた方がいい。

 禁煙補助剤といった類のものは一切必要ない。私は当時、念のためにと禁煙ガムや禁煙パイプを用意しておいたのであるが、結局使うことはなかった。いついつを以って「禁煙するのだ」という強い決意もいらない。用意するのは使い捨て100円ライターのような、出来ればガスの残量が見えるライター。そのライターのボディに「最後のライター」とか「このライターでおしまい」といった言葉を書いた紙を貼り付ける。つまりこのライターのガスが切れたときにタバコをやめるといった意味の言葉を何でもいいので書いて貼っておくのだ。100円ライターとはいえ、使い方によっては数か月はもつものだ。その間、タバコに点火するたびに「ああ、このライターが最後なのか」とか「これが切れたらもうタバコは吸えないんだなぁ」などとしみじみ思いながら存分にタバコを堪能する。重要なのは点火の際、ライターに貼り付けた文字を眺めながら必ずそう思うことだ。1日20本吸う人は20回、100本吸う人は100回そう思いながら日々タバコを楽しむ。そのことを使い捨てライターのガスが切れるまでの数か月間続ける。

 「何だ、単なる自己暗示か」という人がいるかも知れない。その通り。単なる自己暗示である。しかしこれがホント効くのである。暗示の回数が多ければ多いほど、期間が長ければ長いほどその効果は増大するのではないだろうか。

 ここで想像力豊か、且つ現実的な人なら気付くと思うのだが、ライターが切れたとき、ちょうど一箱全部を吸いきれず、まだ何本か残った場合はどうするのかという疑問があるかも知れない。むしろ残る可能性の方が圧倒的に高いと言えるが、そこはそれぞれ自由に決めればよい。19本残ってもすべて捨ててしまうのだ、と予め決めておいてもよいし、その箱のタバコに限り全部吸うと決めておいてもよい。ちなみに私の場合も数本残ったのだが、かねてから決めておいた通り、残りはマッチを使って全部吸いきった。そしてそれ以来、今日まで一度もタバコに触れたことがない。

 

 上記の方法だけでも一応タバコを止めることはできる筈だ。試してみて欲しい。私自身も当時、止めることについて信じられないくらいあっさりと納得している自分に驚いた。私の場合、更にそれに加えて、ラッキーな発想というか、思いつきが重なった。それは何か。「タバコを吸うことはカッコ悪い」という観念である。たまたま偶然に訪れたイメージなのだが、「タバコを吸う」という行為と赤ん坊が「おしゃぶり」をくわえている様子がオーバーラップしてしまったのだ。これは私にとってかなり衝撃的な思いつきであったが、今となってはその発想に囚われてしまって抜け出せなくなっている。

 「ええ大人がなにチュウチュウやっとんねん」。タバコを吸っている自分自身を客観視すると恥ずかしくなってしまった。この観念は自分がタバコを吸い始めるきっかけとなった原因の一つを完全に叩き潰してしまったのだ。

 

 松田優作扮する殺し屋・鳴海昌平。眉間に皺を寄せ、ライフルスコープを覗きながら狙撃現場を下見する鳴海の口元にはbibiのLサイズおしゃぶり(昼用)が無造作にくわえられている。実際の狙撃時にはそれは夜用に代わるのであろうか、などと想像をたくましくして思い浮かべたその映像からは、笑えてしまう分、残念ながら純粋なカッコよさを感得できない。

 「止めたい」と思っているにもかかわらず止められない人は自分がタバコを吸い始めた原因、当時の「意識」を思い起こして欲しい。「意識」によって始まった習慣なのだから、その「意識」を変えること、場合によっては否定してみることで驚くほど簡単に止められるものである。

 

 数年前、禁煙がテーマのテレビバラエティ内で、こんなことが言われていた。「例え何年タバコを止めていようとも、過去にタバコを吸っていた人が、1本でも吸ってしまうと簡単に喫煙の習慣は戻ってしまう」と。実際そうなのだろうと思う。つまり、夜寝てから朝起きるまでタバコを「6時間吸わなかった」という人と「20年間吸わなかった」という人は長さの違いはあっても、一定期間「禁煙していた」というだけのことで、両者とも同じ「喫煙者」なのである。だから死ぬまでタバコを吸わずにいて初めて「あの人はタバコをやめた」と言われるのだろう。それまで油断はしないほうがよい。                      (2011.9.8)

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