節電と津波からの逃げ方

 上方の落語家・二代目桂枝雀が生前、落語の枕であったか「枝雀寄席」のトーク中であったか、こんな内容の話をしていた。
 「人間はいつまで雨降りの日に傘を差すのでしょうか。日進月歩科学技術は進んでいるのですから、傘なんてものを差さんでも、レーザーか何かでこう、頭の上に落ちてくる雨粒をはじくような機械ができてもよさそうなもんですが、いつまでたっても人間は雨が降ると阿呆の一つ覚えのようにやっぱり傘を差しておるのでございます(注・言い回しは筆者)」。
 4000年程前から人間は傘を使っているらしいが、枝雀師が亡くなって10年以上たった現在でも雨の日はほとんどの人が当然のように傘を使っている。

 台風などの情報を伝えるテレビニュースで横殴りの雨のなか、骨が折れ曲がって元の形を失っている傘を全身ズブ濡れの状態になりながら大切に握りしめている人々の様子がよく映し出される。パンツまで濡れてしまって今さら雨粒を避ける意味は無く、また傘は既に雨をさえぎる性能を失ってしまっている。風を受けることによって却って歩きにくいし、差している本人や周りの人にとって危険な代物となるにも拘わらず、人はどんな形状になろうと雨が降っている限り傘の柄を握っていたいようだ。人間の滑稽なまでの傘への愛着というか、執着というか、「傘じゃなきゃダメなの」という思いのせいで、それに代わる雨よけのアイテムを作ろうという発想が生まれないでいるのだろうか。それとも雨を避ける効果を発揮する技術の開発は人間にとって相当難しいということか。

 昨年の原発事故以来、様々なメディアから「電力需給の見通し」だとか「でんき予報」といった「節電」を促すワードが引っ切り無しに伝えられるようになった。本音のところは分からないが、電力会社からは「計画停電を避けたいから」ということで節電のお願いチラシがよく届く。夏に生まれたからかどうかは知らないが、私は昔から夏が好きなので、暑いのは然程苦ではない。しかし万人が経験しているとおり、エアコンが効いた涼しい場所から一たび出た瞬間の外気との温度差は暑さに対する苦痛を倍増させる。また、特に女性などはエアコンの効いた場所に居つづけることによる「冷え」が逆に苦痛になってしまうということを聞く。電力会社のチラシのお蔭で節電意識も高まり、最近よく「エアコンという手法ってどうなの?」と思うようになった。

 身体が暑さを感じる原因として、周囲の気温と体温の差が関係しているのだそうだ。温度は高い方から低い方へと伝わるそうで、気温が体温と同じくらいかそれ以上になると身体の熱を外に捨てられず体内にこもってしまうため「暑い」と感じるらしい。だから周囲の温度を下げることで体内の熱が捨てやすくなるためにエアコンが有効だということだろう。しかしどうも隔靴掻痒の感を拭い去れない。身体を冷やすという本来の目的のためにその周囲の空気をわざわざ冷やすということである。故事で言えば何だ。「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」ということか。多分違うだろうけど。いずれにせよやり方としては迂遠である気がする。身体を直に冷やすことができるのであれば周囲の空気など冷やす必要はないのではないか。

 肩こりや腰痛のための製品で患部に直接貼るピップエレキバンという家庭用磁石入り絆創膏がある。その要領で身体のどっかの部位に特殊な絆創膏を貼り付けるとツボが刺激されて体温が下がる、なんて製品はできないものだろうか。身体に吹き付けることで体温を下げるスプレーなどの商品は既に存在するようだが、個人個人でその人に応じたクールダウンができれば、オフィスの温度を一律に設定することにより、外回りから帰った人には暑く感じられ、ずっとその場にいる人には寒すぎるという、身体にも人間関係にも良くない環境が改善されると思うのだがどうだろう。そして何よりエアコンの電気代が必要なくなるので節電を促す電力会社が喜んでくれる。

 今年4月9日の徳島新聞に津波対策として可動式防波堤の記事が載っていた。長方形の鋼板を立ち上げて高波を防ぐ「フラップゲート式」と海に向かって横一列に配置された直径1メートルほどの円柱形の鋼管が海面上に浮き上がって高波を防ぐ「直立浮上式」の2種類の候補が上がっているそうだ。どちらになってもその装置を配備するには膨大な費用を要すると考えられるが、5年先か100年先か、いつ起こるとも知れない災害本番に確実にしかも迅速に作動して間違いなく被害を食い止めることができるのであれば大変結構なものである。

 昨年の東北での津波の映像を見て感じたのは波の高さはもちろんであるが、やはりその速さである。恐ろしい速度ですべてをなぎ倒し、飲み込みながら陸地を駆けのぼっている。人がまともに競走して勝てる相手ではない。日本の海岸線で津波の被害を受ける可能性のある場所すべてに可動式防波堤を配備できればよいが、恐らくそれは無理なので、せめて津波の速度を鈍らせることはできないだろうか。料理にとろみをつける水溶き片栗粉のように、海水に反応して広東麺のスープのように津波の速度をトロくする薬品ってないものか。あのような巨大な力をもった津波を跳ねのけるというのは大変なので、「海水とろみ付け薬」を沿岸部に配備することで、せめて高台へ逃げるだけの時間的猶予を与えて欲しいものだ。

 あと、津波だけでなく大雨等による洪水時にも有効だと思うのであるが、リュックのように背中に背負うタイプでエアバッグみたいに膨らむ「一人用ガス気球」ってできないものか。小一時間程度の間、地上5〜10メートルあたりを浮遊したのち、ゆっくりと降りてこられるという避難用装備が開発されると助かる。瓦礫の散乱する地上を歩くか走るかすることにより高台へ逃げきれるなんていう甘い考えはいい加減に捨てないと。いくら非常用の食糧だの水だのをリュックに詰め込んでいても、結局は「命あっての物種」である。非常食を大量に背負ったまま濁流に飲み込まれたのでは意味がない。

 台風の日に懸命に傘を差している人の映像を見るたびに、枝雀師匠の話を思い出すと共に人間って無駄なこと、あまり意味のないことに大変なエネルギーを費やしているのかも知れないなと思ってしまうのである。 (2012.7.22)

 

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